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「32年後の中国に向き合う-十九大で現れた中国の国家像-」

2017/10/10

「32年後の中国に向き合う-十九大で現れた中国の国家像-」

名古屋外国語大学特任教授、日中関係学会副会長 川村範行


◇中長期の中国国家像を示す


 10月中旬に開催された第十九回中国共産党大会では特筆すべき点が打ち出された。習近平総書記が3時間半にわたり読み上げた政治報告の中にある。
先ず、「長期の努力を経て中国特色社会主義は新時代に入った。我が国の発展の新しい歴史の起点である」。1978年に導入された改革開放路線は鄧小平、江沢民、胡錦濤を経て、習近平において「新時代」が始まったとの捉え方である。
同時に、今世紀中葉までの新しい発展目標を二段階で明示したことにある。
①2020年から2035年までに、小康社会(人民生活がやや豊かになる)の全面的実現を基礎に「社会主義現代化」を実現する。
②2035年から今世紀中葉までに、「社会主義現代化強国」を実現する。この「強国」には、富強・民主・文明・和諧・美麗の修飾語が付いている。物質文明、政治分明、精神文明、社会文明、生体文明が全面的にレベルアップし、人民全体が共同富裕を基本的に実現する。総合国力と国際影響力がグローバル化し、「中華民族が世界の民族の中で屹立する」と強調している。
中華人民共和国の成立以来、五カ年計画や大まかな将来目標はあったが、このように党大会で30年余先の国家像を明確に描いたのは初めてである。


◇世界のスーパー国家に


 私は党大会後の11月中旬に日本ジャーナリスト訪中団の団長として北京、上海、浙江省を訪れ、党大会の内容を詳細に把握する機会を得た。中国社会科学院日本研究所との座談会、及び国務院発展改革委員会の政策担当者のレクチャーでは、党大会で打ち出された中長期国家像について説明があった。
具体的には2035年までに国民一人当たりのGDPにおいて世界上位30位以内に入り、今世紀中葉までに世界上位10位以内に入ることであるという。今世紀中葉とは中華人民共和国成立百年の2049年を目標としている。この時点で経済強国、政治強国、軍事強国を実現し、言い換えればアメリカに追いつき追い越す段階になっていることを示唆している。
毛沢東時代に立ち上がり(站起来)、鄧小平時代に豊かになり(富起来)、習近平時代に強くなる(強起来)。既に21世紀に入り大国化した中国はさらに32年後には強国になる目標に向けて邁進するとの宣言が、十九大の真髄である。
日本の主要メディアは、党大会の前後に政治局常務委員の人事(予想)や習近平の一強ぶりを競って報道したが、大局的な視点を見落とす恐れがある。


◇創新型国家の建設を加速


 どのようにして強国への道を実現するのか。政治報告でも強調されているのは「創新型国家」、つまりイノベーションである。国務院発展改革委員会の政策研究者の説明では、先進技術の基礎研究、応用研究の強化、科学技術人材の養成、農村振興戦略・貧困脱出、区域調整発展戦略・格差縮小、全面開放的経済体系の形成推進を挙げている。
その柱の一つに、習近平国家主席が2013年に提唱した21世紀のシルクロード構想「一帯一路」建設が位置付けられる。「共商・共建・共享」を原則とし、「人類運命共同体」の世界理念を打ち出している。孤立化の道を歩むトランプ・アメリカとは対照的に、中国は国際社会との協調を掲げてリーダーシップを強化するだろう。
ジャーナリスト訪中団が浙江省で視察したインターネット開発拠点では、さまざまな「インターネットプラス」の試行が行われていた。約8千の病院・医院、2万3千人の医師が登録しているネット病院もその代表例である。患者がスマホで「ネット病院」QRコードに合わせてアクセスし、希望診察地や症状などを入力すれば、2分以内に該当する病院・医師が画面に紹介される。希望の医師にアクセスしてネット問診或いは診察予約を行うことができる。処方箋や支払いも全てネットでできる仕組みだ。現在は浙江省はじめ隣接の江蘇、江西、安徽各省と上海市がエリアだが、将来は全国に拡大する構想だ。
もちろん、電気自動車(EV)の研究開発は中国政府が21世紀初頭から重視し、実用車の生産販売に力を入れている。最近は新たな販売車のうち一定割合をEV車にすべきとの政策を発表し、一気に世界の自動車産業の大転換をリードしようとしている。ガソリン車・ハイブリッド車を主導してきたトヨタはじめ日本の自動車メーカーは抜本的な経営方針の転換を迫られている。

◇日本の国家構想を


 中国は鄧小平による改革開放路線により、先進国の技術と外貨を導入して製造国家として発展してきた。習近平の「新時代」に入り、中国独自の技術と資金によって新たな産業を振興し、世界の頂点に立つ国家目標に向けて邁進する。
20世紀のアジアをリードしてきた日本は21世紀のイノベーションをまだ起こしていない。現政権は大学での基礎研究を軽視しており、将来の新産業の可能性は薄い。2010年に日本を追い抜いた中国のGDPは今や日本の2・5倍に拡大し、益々その差は開いていく。日本は中国けん制外交に躍起となっている状況ではない。早急に新産業を含めた将来の国家構想を練り上げ、中国との連携に舵を切り直す必要がある。

(2017年12月10日 記)

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