つかむ!ジャーナリストの目で。川村範行 名古屋外国語大学 外国語学部 特任教授 日中関係論、現代中国論、メディア論、日中メディア比較論

時論「日中『二重対立』の緩和を急げ~東シナ海、南シナ海両問題の複雑リンクの背景~」

2016年8月

時論
「日中『二重対立』の緩和を急げ~東シナ海、南シナ海両問題の複雑リンクの背景~」


日本日中関係学会副会長、名古屋外国語大学特任教授
川村 範行

一、はじめに

 中国が今夏に東シナ海の尖閣諸島(中国名・釣魚島)への攻勢を強めている一方、南シナ海問題を巡る日中両国の対立も顕在化している。日中両国の領土・海洋を巡る「二重の対立」は東アジアの安全保障情勢を複雑化させ、国際社会にも影響を及ぼすと懸念される。日中両国は東シナ海、南シナ海における対立をエスカレートさせないために、適切な対応が求められる。「日中二重対立」の背景を検証し、対立緩和の解決策を探るのが本稿の目的である。

二、南シナ海を巡る日中の対立の顕在化

 南シナ海では二種類の対立が起きている。ひとつは「航行の自由」を掲げる米国と中国のアクセスを巡る対立、もう一つは領有権を巡る中国とASEAN近隣諸国との対立である。そこに、アメリカと同様に「航行の自由」「法の支配」を主張する日本と、「歴史的権利」を主張する中国の対立が重なり、問題を複雑化しているのである。

 最近では、7月12日に南シナ海問題で国際仲裁裁判所の裁決が出た直後、7月16日のASEM首脳会議で安倍首相は南シナ海問題について「法の支配は国際社会が堅持しなければならない普遍的な原理だ」と発言し、裁決に当事国が従うよう働きかけ、紛争の平和的解決と航行・上空飛行の自由を訴えた。李克強総理は「中国は地域の平和安定の推進者だ」と反論している。
 その直前の5月に日本で開催されたG7先進国首脳会議において、安倍首相が主導して首脳宣言に「海洋安全保障」の一項目を盛り込み、「我々は東シナ海と南シナ海の状況を懸念し、紛争の平和的管理及び問題解決の根本的な重要性を強調する」との表現を盛り込んで採択した。中国外交部スポークスマンは「日本はサミットを開催し、南シナ海問題を煽り立て、緊張した雰囲気を作り出した。中国は日本とG7のやり方に強い不満を表明する」と非難した。

 また、昨年に日本はインドネシア、マレーシア、フィリピン、ベトナムと戦略パートナーシップに署名、ベトナムに海上巡視艇6隻の供与を約束、インドネシアに3隻の売却を決め、フィリピンには10隻の巡視船を購入するための借款を提供する。日本が南シナ海問題を利用して“中国包囲網”を構築しているとの疑惑が中国国内に出ており、日本への政治的不信を募らせている。
 今後、注目すべきは安倍政権が昨年、成立させた安全保障法制との関連である。今年6月下旬、日本は自衛隊P-3C機をパラワン島に派遣してフィリピン軍とスプラトリー沖で共同訓練を実施した。名目は災害派遣訓練だが、中国軍機の異常接近で海上に着水した米軍機の捜索などの、「グレーゾーン事態」を想定しているとの見方もある。即ち、南シナ海問題で米中間の偶発的な衝突が起きた場合、日本は安保法制に基づき米軍に協力するため自衛隊を出動させるかどうか微妙である。南シナ海で中国軍と自衛隊が対峙するような事態は未然に防止しなければならない。

三、東シナ海における日中の対立エスカレート

 2012年9月に日本政府が「平穏かつ安定的な管理」のために尖閣諸島のうち3島を日本人所有者から購入し、「国有化」した。これに対し、中国政府は「1972年の日中国交正常化交渉における日中両国首脳による主権問題棚上げの約束を一方的に破った」として反発し、政府間交流の停止など対立状態となった。それ以降、中国政府は島周辺への公船の巡航を常態化させるなど、日本の実効支配への対抗に踏み切った。過去4年、島周辺では両国の公船によるにらみ合いが続いている。

 中国による日本の領海侵犯の件数は2011年度までわずか9件だったが、2012年9月から2016年6月までに計490件へと激増している。東シナ海・尖閣諸島上空で中国軍機に対して自衛隊機がスクランブルした件数は、2011年度の156回から毎年急増し、2015年度は571回に増えている。

 この間に、中国軍と自衛隊のニアミスの危険性が起きている。まず、2013年1月、中国のフリゲート艦が日本の海上自衛隊の護衛艦に対して射撃用レーダー照射する事件が起きた。自衛隊が自衛のため応戦していたら、衝突にエスカレートしていく危険性が十分にあった。2014年に中国のSU27戦闘機が、国際空域にいた日本の偵察機に200フィートの至近距離に接近する事件を二度起こした。

 さらに、今年(2016年)6月に中国の軍艦がロシアの軍艦と共に初めて尖閣諸島沖の接続水域に進入したことに対し、日本政府は中国政府に強く抗議した。中国側は「日本の自衛艦が先に入ったからだ」と反論した。続いて中国海軍の情報収集艦がトカラ海峡(屋久島と口之島間の約60㌔)の領海を侵犯した。中国国防部は「トカラ海峡は国際航行上に使用されている領海海峡であり、中国軍艦の通過は国連海洋法条約が規定する航行の自由に合致している」と主張したが、日本政府は「国際海峡には該当しない」と反論した。こうした事態を重視した米軍は空母二隻を東シナ海一帯に常時展開させる対応策に踏み切った。東アジアの安全保障体制は新局面に入ったと言える。

 つい最近は、8月5日に中国の公船(海警局)と漁船が初めて同時に尖閣諸島の領海(日本主張)に一時侵入し、その後も連日、多数の公船と漁船が接続水域や領海を航行した。日本政府は岸田文雄外相が程永華中日大使を呼んで「主権侵害」として抗議し、程大使は「中国固有の領土だ」と反論し、摩擦が高まった。日中平和友好条約締結を前にした1978年に中国漁船百数十隻が尖閣諸島に押し寄せたことがあるが、今回のように多数の公船と中国漁船が同時に日本領海にまで連日航行を繰り返したのは初めての事態。中国の実効支配の示威行動がエスカレートしたといえる。

 こうした中国の動きの背景には、南海問題の仲裁裁決受入れを執拗に迫る日本への対抗意識がある。また、東海、南海での中国軍の脅威を批判した日本の国防白書(8月2日発表)、稲田朋美防衛大臣が就任初の記者会見(8月4日)で侵略戦争を認めなかったことへの反発という側面も考えられる。

四、日本の外交政策・安全保障政策の変化「ニューリアリズム」

 安倍政権は日本の安全保障体制の総合改革に取り組んでいる。その理由として、北朝鮮の核開発と中国の拡張行動による東アジアの安全保障環境の変化を挙げている。安倍首相は戦後の日本政府が維持してきた国連中心主義に基づく平和外交を大転換し、よりパワーポリティックスに基づく現実外交路線を強力に推進している。戦後の歴代政権とは際立った違いを見せている。

 具体的に安倍首相は2013年11月、国家安全保障会議を設置し、新国家安全保障戦略、防衛計画大綱の策定を手掛けた。次に、武器輸出三原則の制限を緩めて武器輸出を可能にし、特定秘密保護法の成立により外交防衛情報の非公開内容を拡大した。さらに憲法第9条で禁止されていた集団的自衛権行使を閣議決定で承認した後、国会で成立した安全保障法制に基づき自衛隊の海外派兵を可能にした。また、日米新ガイドラインを設定し、自衛隊と米軍の連携強化を図った。こうした一連改革により、戦後70年にわたる日本の平和主義路線を大きく変えたのである。

 特に、中国による海空からの島の実効支配への動きは、日本国内で南西諸島への中国脅威論を高め、安倍政権が「南西諸島防衛」を強化する有力な理由にもなっている。防衛予算は2016年予算案で過去最高の424億㌦に増額した。与那国島や石垣島、宮古島に自衛隊基地を建設し、東シナ海の島々に1万人規模に近い自衛隊部隊を配置する予定だ。対艦・対空ミサイルのネットワークも配備する。安倍政権支持率が50%前後と高水準を維持しているのは、中国脅威論に対する安倍政権の積極的な安保政策に一定の支持があるからだ。

 こうした外交・安全保障の一体的改革に伴い、安倍政権は日米同盟の強化を基軸に、APECやASEANなどの地域グループへの日本の関与を強め、アジアの他の民主国家との防衛協力体制の強化も推進している。

五、日中関係の推移「まだぜい弱」

 1972年の日中国交回復以来、経済協力を中心に発展してきた日中関係は、21世紀に入り、質的変化を遂げる。2001年から2006年まで、小泉純一郎首相の靖国神社参拝に対し中国政府が抗議し、首脳往来停止の「政冷経熱」状態に陥った。2006年秋に安倍晋三首相と胡錦濤国家主席との首脳会談により、「日中戦略的互恵関係」の新たな枠組みで合意した。2008年には、胡錦濤国家主席と福田康夫首相の間で、東シナ海を「平和と協調、友好の海」にすることで一致した。両国はハイレベルの海洋協議と海上コミュニケーションメカニズムに関する交渉を試みた。

 ところが、2012年9月の尖閣諸島国有化をきっかけに、日中関係は戦後最悪の対立状態となった。2年後の2014年11月、北京でようやく安倍晋三首相と習近平国家主席の首脳会談が実現する。その背景には両国の外交当局の努力により、四項目の共通認識(中国語表記「四個共識」)が文書化され、関係修復が図られたことがある。「四個共識」の第三項目で、「尖閣諸島など東シナ海海域での近年緊張状態生じていることに異なる見解を有していると認識し、対話と協議を通じ危機管理メカニズムを構築、不測の事態発生回避で一致」と明記された。中国側は「領有権問題の存在を日本が初めて認めた」と受け止めたが、日本側は直ちにこれを否定し、両国の認識の隔たりを浮かび上がらせた。

 続いて翌年4月、ジャカルタで2回目の日中首脳会談が実現した。習近平主席は「四個共識」を強調し、安倍首相は「東シナ海を平和・協力・友好の海にすることは両国共通目標・利益。防衛当局間の海空連絡メカニズム早期運用開始の協議を」と呼びかけた。

 しかし、二回の首脳会談はいずれも通訳入れて30分程度と短かった。日中両国の政治信頼関係の脆弱さが反映された。国交正常化前後から20世紀末にかけて、両国の実力派政治家同士が複雑な問題について率直な話し合いで解決に導いたが、現在は残念ながらこのような政治家同士の関係がなくなってしまった。

六、日中間の危機管理メカニズム構築と政治対話を

 安倍晋三首相と習近平国家主席の初の首脳会談が実現した翌年2015年3月に、安倍政権下で初めて二国間安全保障対話が実施された。海空での予期せぬ衝突を回避するために防衛当局間のホットライン開設、年次会合、海空域での通信手段の共通化を協議した。その後は日中防衛ホットラインは足踏みし、東シナ海での不測の衝突を防止する海空危機管理メカニズムの構築も進展していない。

 その原因は何か。安倍政権が南シナ化問題への介入を強めたことに対する中国側の反発と不信感がある。即ち、日中関係において東シナ海問題と南シナ海問題が連動し合った状況になっているのである。安倍政権が南シナ海問題について、①国際仲裁裁判所の裁決受入れの主張②中国と主権を争うASEAN関係国への安全保障協力―の両面を強めていけば、ますます東シナ海問題へも影響を及ぼすことになる。

 今年(2016)7月25日、ラオスのASEAN会議における日中外相会談で、岸田文雄外相と王毅外交部長は南シナ海問題について「裁判は最終的なもので、紛争当事国を拘束する」「仲裁裁判所には管轄権がない」と意見が対立した。東シナ海問題で岸田外相は不測の衝突防止を図る海空連絡メカニズムを早期に運用開始したい意向を示したが、王毅部長は具体的な時期を明示しなかった。
 米ソ冷戦の時代と比較して、現在の米中対立をコールド・ピース(冷たい平和)「冷和」との呼び方がある。日中関係は領有権で対立する「不安定な平和」から米中関係と同じように「冷和」に向かっていく懸念がある。それを防ぐための方策を日中両国政府に5項目を提案する。

1.日中両国首脳は途絶えている毎年一度の相互訪問を早期に再開し、2008年5月の「『戦略的互恵関係』の包括的推進に関する日中共同声明」及び2014年11月の四項目合意を確認し合い、尖閣諸島(中国名・釣魚島)における緊張緩和を図るよう努める。同時に、両国首脳は尖閣諸島(中国名・釣魚島)の現状変更(上陸・建設・常駐などの行為)を行わないよう確認に努める。

2、日中両国政府は、尖閣諸島(中国名・釣魚島)周辺の海、空における日中両国の公船、航空機による不測の事態を防ぐために、早急に海空連絡メカニズムの確立を図り、運用を開始するよう努める。同時に、日中両国政府は防衛当局間のホットラインを早急に設置し、様々な摩擦や対立がエスカレートしないように適切な対応に努める。

3.日中両国政府は、東シナ海の海底資源をめぐる問題に関して、2008年5月の「福田康夫首相・胡錦濤国家主席合意」を再確認し、日中高級事務レベル海洋協議を再開して、平和的かつ包括的な合意形成のために具体的かつ粘り強い協議を行う。

4.日中両国政府は南シナ海問題で相手を刺激するような言動を抑制し、理性的に対応し、周辺諸国との協調に努める。

5.日中両国は「アジア・太平洋地域における覇権を求めず、覇権を確立しようとする試みに反対する」と謳った日中国交正常化共同声明の反覇権条項を将来にわたって守っていくことを再確認する。同時に中国は覇権国家にならないとの鄧小平氏の「遺言」を守り、国際社会との協調を推進するよう努力する。

 二千年の友好往来の歴史上初めて、日中両国はアジアの二大国として並び立ち、21世紀の新しい関係を模索している。来年は日中国交正常化45周年を迎えるが、国交正常化実現の過程には両国先人たちのお互いの立場を尊重する粘り強い話し合いと、小異を捨てて大同に付くという英断があったことを思い起こすべきである。両国の指導者・関係者は「すべての紛争を平和的手段により解決し、武力、または武力による威嚇に訴えない」と謳った国交正常化共同声明の精神を継承する必要がある。日中両国が東シナ海を「平和、友好、協力の海」にする努力と工夫を重ねるとともに、南シナ海問題での摩擦と対立を減少させていくことが、21世紀の東アジアの平和と安定の道を切り開いていくことになると確信する。
(2016年8月30日)