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時論「日中関係改善の可能性を探る」

2014/09/13

「日中関係改善の可能性を探る-カギ握る日中首脳会談の実現性-」    

名古屋外国語大学特任教授、日中関係学会副会長
川村 範行 (中日新聞元論説委員・上海支局長)

1、日中関係改善への模索

 日中両国政府は今年11月に北京で開催されるAPEC(アジア太平洋経済協力会議)での日中首脳会談の実現性に向けて模索している。2012年9月の尖閣諸島国有化決定以来、両国政府の対立状態が続いており、首脳会談の実現性は日中関係が改善に向かうかどうかの重要なカギを握る。9月初旬に中国外交部幹部と接触した中国人ジャーナリストによれば、「日中首脳会談の実現可能性は90%にまで高まった」という。仮に日中首脳会談が実現しなければ、日中対立構造の固定化が避けられないことになろう。アジアの平和と安定のためにも、日中首脳会談を実現し、関係改善の転機とすることが求められている。

2、首脳会談に向けた日中間の接触・駆け引き

 今春以降、関係改善に向けて日中両国政府間の接触や駆け引きが顕著になっている。関係者へのヒアリングをもとに検証してみる。
 まず、4月中旬に故胡耀邦総書記の長男胡徳平氏が訪日し、安倍晋三首相らと会談を持ち、「習近平国家主席に日本の意向を伝える」と明言した。胡徳平氏は旧知の元国連大使・谷口誠氏と会った際、政治外交面での日中関係の困難さを認めつつ、文化交流や経済貿易交流のほか「環境」を中心とした日中共同プロジェクトの必要性を強調したという。胡徳平氏は習近平国家主席と一対一で会える間柄であり、日中関係の打開に向けて日本側の意向を探るための“民間特使”の役割を担っての訪日であった。
 その直後の4月29日に開催された日中韓三カ国環境相会合で、PM2.5の実態解明を重視し、来年の中国会合で2015年~19年の5カ年行動計画採択するとの共同声明を発表した。「環境面」で日本、中国が韓国を交えて協調へ歩調を合わせたことは、胡徳平氏の来日の際の発言と符合する。
 続いて、高村正彦・日中議員連盟会長ら超党派訪中団が5月5日に北京で中国共産党序列3位の張徳江・全人代常務委員長と会談した。2012年9月以降、訪中した日本側が会うことができたのは序列4位の兪正声・政治協商会議主席までであったから、中国側が高村訪中団を一段と重視したことになる。高村会長は安倍首相の意向としてAPECでの日中首脳会談を提案したのに対し、張徳江氏は直接返答しなかったが、国会と全人代の交流再開を確認し、関係改善へ歩み寄り姿勢をみせた。
 この際、高村会長は張徳江氏に、個人的見解だが「日中関係がもし改善されれば、首相が(靖国神社参拝に)行くことは絶対ありません」と表明し、要人数人と会談した際にも同様のことを強調している。高村会長は安倍首相の意向を受けて、中国側が強く反対している靖国参拝問題への露払いを図ったとみることができよう。
 さらに、重要な役割を果たしたのが7月末の福田康夫元首相の極秘訪中である。親中派として中国側の受けがいい福田元首相は北京で習近平国家主席と会談し、安倍首相のメッセージとしてAPECでの首脳会談を提案した。親書を携えたかどうかは微妙であるが、事前に安倍首相と綿密な打ち合わせをした形跡がある。福田元首相は「早く両国関係を改善し戦略的互恵関係の原点に返るよう希望する」と持ちかけたが、習近平国家主席は安倍首相の政策について三つの疑問(「三つの不清楚」)を呈したとされる。日中関係に精通する中国人ジャーナリストによれば、「安倍首相はどのように中国と付き合おうとしているのか」「日本が決定した集団的自衛権はどのような目的を達成するためなのか」「安倍首相が推進する積極的平和主義で何をしようとしているのか」-の三点である。
 習近平国家主席は会談で尖閣諸島の主権問題と安倍首相の靖国参拝問題には一切触れなかったとされる。福田首相は帰国後、親しい人に「習近平主席はどのように日中関係を改善するか悩んでいる」「双方の努力を通じてAPEC期間中に首脳会談実現の可能性はまだ存在する」と話したという。
 こうした経緯を経て、8月9日にミヤンマーで日中外相会談が実現する。ASEAN外相会議の期間中に深夜、密かに岸田文雄外相と王毅外交部長が会談の機会を持った。2012年9月以来、日中両国の外相会談は初めてである。岸田外相は会談後に記者団に「関係改善をいかに進めるか意見交換した」「重要なのはこれから。次につなげていけるか」と慎重に語った。王毅外交部長は「非公式接触で日本の要求に応じた臨時的なもの」「初歩的な意見交換をしただけ。日本側の更なる誠意を見なければならない」と述べ、あくまでも日本側の求めに応じた非公式接触の形を装った。中国国内での報道がなかったのも、中国側が慎重姿勢を崩していないことの表れである。実際は高村訪中、福田極秘訪中の積み上げを基に、両外相が日中首脳会談の実現に向けて実務的に具体的に突っ込んだやりとりをしたとみられている。

3、首脳会談に向けての日中外交の焦点

 これまでの外交接触などを通じて、中国側は日中首脳会談の開催に向けて①島の領有権を巡る日中両国間の紛争の存在を認める②首相らが靖国参拝を控えるーの2点を前提条件として主張している。これに対し、日本側は「首脳会談に前提条件を付けない」ことを主張し、表面的には平行線をみせている。
 しかし、中国側の主張2点については双方でこれまでに何らかの歩み寄りや進展があったため、前項で検証したような展開をたどって、日中外相会談の段階にまで進展したとみることが妥当である。
 具体的には、尖閣諸島周辺での海上保安庁の中国公船に対するパトロール距離の変化が挙げられる。国有化決定当初のパトロール距離は70㌋に及んだが、次第に50㌋へと変化し、最近は12㌋にまで狭まっている。海保は当初の「域外駆逐」の排斥方式から、警告を発しても域外駆逐を強要せず、「伴走航行」に近い形に緩和している。安倍政権は公式には領有権問題で紛争の存在を認めていないが、中国の島における管轄権と巡航権を事実上黙認へと微妙に変えてきているのではないか。安倍政権の中国政府への間接的なサインと見ることもできよう。
 また、日本の変化に呼応するかのように、中国公船の領海侵入は国有化当初1年間で延べ216隻にのぼったが、ここ1年間は101隻と半減しており、当初の強硬姿勢がややトーンダウンしたとも見られる。但し、中国漁船による領海侵入は2012年の88隻から今年は9月10日までに207隻と急増しており、公船だけでなく漁船も繰り出していることが裏付けられる。
 次に、オバマ大統領が2014年4月に訪日した際、安倍首相がオバマ大統領に「私はもう再度靖国神社に参拝することはない」と明言したとの情報もある。また、前述したように高村副総裁が訪中の際、張徳江氏ら中国要人に対し、個人的見解と断りつつ「日中関係がもし改善されれば、首相が(靖国神社参拝に)行くことは絶対ありません」と何度も強調し、中国側がこれを信用し理解した可能性がある。

4、日中首脳会談の実現可能性

 紛争存在の黙認、靖国参拝の自粛という2点を安倍政権が中国側に伝えて、習近平指導部が受け入れれば、日中首脳会談の実現性が一気に高まる。APEC開幕以前にどこまで日中首脳会談を具体的に準備するか。また、APEC議長国中国の提起するアジア太平洋地域の平和政策に安倍首相が賛同すれば首脳会談の実現が確実になろうが、賛同しなければ習・安倍会談は可能性少ないとみていい。
 習近平国家主席が提起するとみられるアジア太平洋地域の平和政策とは何か。今年5月21日に上海で開かれたアジア相互協力信頼醸成措置会議(CICA)第4回サミット=47カ国・地域の首脳、国際機関代表が参加=で、習近平国家主席が基調演説を行い、「アジアの新安全観」を提起した。「各国と共通の総合的、協調的、持続可能なアジアの安全保障観を積極的に提唱し、地域の安全保障と協力の新たな枠組みを構築し、ウインウインのアジアの安全保障の道を歩む」。アジアの安全保障はアジア各国の協調連携によるという考え方だ。APECでは、このアジア新安全観をもとにした内容になるとみられる。
 しかし、中国側には安倍政権の安全保障政策への警戒感が依然根強い。前述したように、習近平国家主席の「三つの疑問」に表れている通りである。高洪・中国社会科学院日本研究所副所長は、安倍政権の「三ず主義」=歴史を直視せず、主権係争を認めず、対話・交渉に同意せず=と指摘する。安倍政権が「中国脅威」の世論を作り上げ、国内政治を推進するやり方に対する不信感が根底にある。APECでの日中首脳会談が実現するか否かは、根本的には安倍政権が中国を仮想敵国視するのか、アジアの協調連携相手と見るか、にかかっていると言えよう。

5、習近平指導部の対日政策の推移

 2012年の尖閣諸島国有化決定を境に、中国政府は島周辺への公船巡航を常態化した。次に、尖閣諸島上空への軍用機巡航の常態化と防衛識別圏の設定を行った。日本の実効支配に対抗して、中国の実効支配の既成事実化を図ってきたのである。だが、習近平指導部は強硬姿勢一辺倒でなく、外交当局を通じて協議・話し合いによる解決の道を探るとともに、民間交流の道を閉ざさないように意識してきた。
 しかし、2013年12月下旬、安倍首相が靖国神社参拝を決行したことにより、習近平指導部は第一次安倍政権で「政冷経熱」状態を突破した現実政治家としての安倍首相への「幻想」を断ち切ったとされる。これ以降、安倍首相の歴史修正主義を徹底批判し、孤立化へと方針転換した。
 直ちに2014年初から主要国大使・外交官による現地メディアを通じての安倍政権批判を70カ国で展開し、対日国際世論包囲網を敷いたことである。
 次に、2014年2月、全人代常務委員会で、12月13日の「南京大虐殺犠牲者国家哀悼日」、9月3日の「抗日戦争勝利記念日」を設定する法案を採択。日本の侵略戦争と反ファシズム勝利を内外にアピールする狙いとされる。翌3月には、中国人元労働者と遺族らによる損害賠償訴訟を戦後初めて裁判所で受理した。1972年の日中国交正常化共同声明で周恩来総理は「戦争賠償請求の放棄」をうたったが、習近平指導部は法的に日本の戦争責任を問う方針へと転換し、新たな対日カードを切った。
 7月には吉林省档案館保管の旧日本軍兵士証言録を公表し、人民日報等の国内メディアで特集することによって安倍政権の歴史修正主義に警告を発した。
 ところが、9月3日の抗日戦争・世界反ファシスト戦争勝利69周年記念の座談会で、習近平国家主席は「中国と日本は一衣帯水の隣国であり、2千年の中日両国の往来で平和友好が歴史の主流である。中日両国が長期に平和友好関係を保持することは両国民の根本利益、アジアと世界の平和安定維持に合致する」と、日中関係を明確に重視する発言を行った。さらに「中国政府と人民は中日関係の発展に尽くしていく。四つの政治文書の基礎の上に中日関係の長期安定と健全発展を推進することを希望する」と、日中関係の改善・発展への姿勢を鮮明にした。このことは特筆に値する。
 前述した高村訪中団の受け入れ、福田元総理との極秘会談、日中外相会議へと進展した背景として、習近平指導部が対日政策を調整し、対日重視、日中関係改善の方針が確固となったことが裏付けられる。

6、日中関係の過去・現在・未来

 日中両国の対立要因は、尖閣領有権問題に加えて歴史認識問題がある。お互いに国際世論を意識したメディア宣伝戦を行い、トップ自らによる相互けん制外交を展開してきた。日中関係は1972年9月の日中国交正常化以来の日中友好路線を基礎に、2006年から戦略的互恵関係へと発展してきたが、2012年から戦略的対立関係に陥ったとみることができる。「1972年体制」の崩壊であり、「日中新冷戦構造」の始まりとの見方もできよう。日中関係の構造的変化の背景には、中国の大国化と海洋進出、日本の右傾化と軍事化がお互いに負のㇻスパイラスを描いている。日本と中国は“合わせ鏡”ともいわれる所以である。ここへきて、日中関係改善への模索が進展し、首脳会談への実現性が高まってきたことは明らかである。日中対立構造を固定化させないための一層の努力が双方に求められる。

                                  (2014年9月12日)

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