「国際世論戦への対応」 講演
日中関係学会副会長兼東海日中関係学会会長
川村 範行 (名古屋外国語大学特任教授)
平成26年1月18日(土)、名古屋市中区の名古屋学院大学栄サテライト(中日ビル7F)で開催された東海日中関係学会の公開研究会にて、「2014年の日中関係を展望する~中国の対日国際世論戦への対応」と題して講演を行った。
動画:https://www.youtube.com/watch?v=titdiWAB2Gw&feature=youtu.be#t=_m_s
「2014年の日中関係を展望する
~中国の対日国際世論戦への対応~」
(草稿全文、講演では一部割愛)
1、日中関係10年氷漬け
日中関係は安倍首相の靖国神社参拝により、決定的に悪化した。尖閣領有権問題に靖国歴史認識問題が加わり、「日中関係は10年間氷漬け(氷封)」(中国メディア)の状況に陥った。日中関係は戦略的互恵関係から「戦略的対立関係」に変化したといえる。中国政府は、これを機に安倍政権の危険性を徹底的に攻撃し、国際世論で日本を包囲する戦略を展開し始めた。日本は「東アジアの孤児化」を回避するために隣国外交の練り直しと国際世論対策を急ぐ必要がある。
2、国際世論による対日包囲網
中国は駐国連大使、駐EU大使、各国駐在の大使(代理大使、総領事)など約40人が海外の地元主要メディアへの寄稿・声明を通して、一斉に靖国参拝を批判した。「対日国際世論戦の火ぶたが切られた」と、中国メディアは喧伝している。
特に、中国の劉暁明駐英大使が英紙デイリー・テレグラフに寄稿し、英国民になじみの深い小説「ハリーポッター」に出てくる悪霊「ヴォルデモート」を日本軍国主義にたとえて、安倍首相は悪霊をよみがえらせようとしていると強く批判した。日本の林景一駐英大使もデイリー・テレグラフに「安倍首相の靖国参拝は不戦の誓いのためである」との反論を寄稿したが、「中日大使が英紙上で開戦」と呼ばれた勝負の判定は残念ながら明らかである。
同時に、王毅外交部長はロシア、インド、韓国、ベトナム、ドイツなどの外相と相次ぎ電話会談し、「世界の良識ある人々は日本の軍国主義復活を阻止しなければならない」と訴えて、賛同を得ている。日本を包囲する形で国際世論を味方につけようとする中国の戦略が明確に打ち出された。安倍政権が靖国参拝、南太平洋慰霊、さらに集団的自衛権行使容認を強行すれば、日本の軍国主義に対する警戒心を呼び起こして中国の言い分に賛同する国が増え、日本は「東アジアの孤児」になりかねない。東アジアでの孤立を回避するため、近隣外交の立て直しが急務である。
3、米中の新型大国関係がカギ
日本にとって深刻なのは、オバマ政権が「アジア回帰」戦略上、安倍政権の右偏向政策に距離を置き始めたことだ。靖国参拝の直後に米国駐日本大使館や米国政府は「隣国との緊張関係を激化させることになり、失望した」と異例の声明を発表した。ワシントン・ポストは「安倍は軍事防衛費の増額、戦後の平和憲法の改正を図っており、これは地域情勢をさらに複雑にし、緊張を高める」と、批判している。日米関係の不安定化を避けることを優先しなければならない。
2013年6月の米中首脳会談で習近平国家主席は「新型大国関係」を提示した。①不衝突・不対抗②相互尊重③相互協力・ウインウイン―の3点が柱。王毅外相によると、歴史上、新興大国の勃興は15回あり、そのうち老大国との間で戦争の発生は11回あった。王毅外相は、米国の伝統的影響力と現実的利益を尊重し、米国を駆逐する意図がないことを明言している。歴史の教訓に立ち、中国は太平洋の支配を二つ分けることを示唆している。米中両国は経済・外交・防衛の戦略対話チャンネルを重層的につくり、ともに相手国を最重要視している。こうした米中関係優位の情勢は国際社会の趨勢であり、日中関係がますます米中関係の中で動いていくという現実を直視し、対米、対中を柱とする総合戦略を構築しなければならない。
4、国内向けの靖国参拝の痛手
2014年元日早々に中国広東省の深圳衛星テレビ局から「安倍首相の靖国参拝」について電話インタビューを受けた。当日夜の報道特集番組「関鍵洞察力」(キーポイント洞察力)で中国全土に放送された。テレビ局は主に①日本の大衆は外交に影響するのに、なぜ安倍首相の靖国参拝を支持するのか。②安倍首相は日米関係への影響を考慮せず靖国参拝を決行したのか―という疑問を提起した。日本人の靖国意識や安倍首相の政策判断について、更に中国側と意見を交換する必要性を感じた。
安倍首相の靖国神社参拝について、共同通信社の12月28、29両日の全国世論調査の結果では、ほぼ半数が外交への影響を主な理由に妥当ではないと受け止めているが、賛否は拮抗している(「肯定」43.2%、「否定」47.1%)。
安倍政権は記者団に「中国や韓国の人たちの感情を傷つけるつもりはない。両国首脳に真意を説明したい」と述べたが、こうした矛盾した言動は到底受け入れられるものではない。だが、12月22、23両日と28、29両日の参拝前後の全国世論調査結果(共同通信社)を比較すると、安倍政権支持率は54.2%→55.2%、不支持率は33.0%→32.6%と、ほとんど変化ない。安倍首相は対中、対韓の世論動向を測った上で参拝決行したようだが、外交面の痛手は大きい。
5、安倍政権を見限った習近平政権
習近平氏が1昨年11月の中国共産党大会で総書記の座に就いたのは、尖閣諸島の国有化決定直後の事であった。前の胡錦濤政権は対日協調路線を取ってきたが、その結果が尖閣国有化につながったとして、内部で批判された。ナンバー2として一部始終を見ていた習近平氏は、権力基盤を固めるために対日強硬路線を選択したが、一方で日本との話し合いによる解決の道を探ってきた。安倍首相が2006年に最初に首相就任後、直ちに北京へ飛んで胡錦濤国家主席とトップ会談し、小泉元首相の靖国参拝に反発した中国との「政冷経熱」状態を打開した。習近平政権は安倍首相に現実政治家として対応してくれるとの幻想を抱いていたが、靖国参拝により幻想を完全に捨てた。安倍首相を徹底的に批判し、安倍首相との対話を拒否する方針に転換したのである。
今年9月には北京でAPEC(アジア太平洋経済協力会議)が開かれる。ホスト国として各国首脳を迎え入れるのにあたり、習近平国家主席は安倍晋三首相と何らかの会話を交わすことは避けられない。開催までに日中関係を最低限でも会話を交わすレベルにまでは改善することが予想されよう。
習近平氏は就任以来、官僚腐敗、貧富の格差に憤る国民に改善をアピールしてきたが、社会の不安定な側面もぬぐえない。言論統制や少数民族抑圧を強めれば、不満が増幅する危険がある。国内情勢によって対日姿勢にも影響が出よう。
6、危機管理メカニズムの早期確立を
外交当局の間では連絡を取り合っているが、政権同士が対立状態のため関係打開への道は容易ではない。早急に取るべきは、危機管理メカニズムの確立である。習近平氏は昨年の内部会議で周辺国への対応に関し「相手が退くまで、ぎりぎりまで追い詰める(中国語「近底線操作」)」という方針を打ち出している。現場周辺でのトラブルの危険性から軍事衝突へと発展すれば、戦後の東アジアの歴史で最も危機的な情勢を迎える。2010年の中国漁船衝突事件を教訓に、2012年5月に浙江省で開催された「日中高級事務レベル海洋協議」を早急に再開すべきだ。日中防衛当局者間のホットライン設置をはじめ、島周辺のトラブル防止など、急を要する。
第二に、「係争棚上げ 共同開発」へ話し合いを進めるべきだ。習近平総書記が2013年7月30日、共産党中央政治局の「海洋強国建設推進」集団学習会で初めて提唱した「主権属我、擱置争議、共同開発」(主権は我が国に属し、係争を棚上げし、共同開発)の12字方針が手がかりとなる。日本側はこの12字方針を重視し、「争議棚上げ、共同開発」の方向で話し合うことが可能であろう。未曽有の日中対立という事態を一刻も早く終わらせ、関係修復を果たすべきだ。
7、民間交流の継続・強化を
安倍首相の靖国参拝に対し中国政府は当面の民間交流を一時停止したが、民間交流は日中関係の基盤として継続しなければならない。国家間の外交・安保など多角的なチャンネルを構築するとともに、民間の交流活動を継続し増進させることが、日中対立の障害を減らすうえでの力となると確信する。