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時論 中国敵視・安全保障政策の危うさ~日中関係改善の好機を逃すな~

2023/01/28

                                     2023年1月28日

日中関係学会副会長兼東海日中関係学会会長  川村範行

(名古屋外国語大学名誉教授、元東京新聞/中日新聞論説委員・上海支局長)

 

 皆様、こんにちは。本日はオンライン参加も含めて、多くの方に公開研究会に参加いただき、東海日中関係学会を代表して感謝申し上げます。改めて、本年もどうぞ宜しくお願いいたします。

 さて、卯年の今年、岸田政権が飛び跳ねています。平和憲法の専守防衛方針をかなぐり捨てて敵基地攻撃能力を認め、増税による防衛費の倍増を決め、軍事大国へと突き進もうとしています。昨年12月に安全保障関連3文書の改訂を閣議決定し、戦後の安全保障の大転換を図りました。国家の行方を左右する重大な政策転換について国会審議に諮らず、閣議決定だけで済ますのは、憲法と議会制民主主義の原則を踏みにじるものではないでしょうか。これは、安倍政権が集団的自衛権の容認や特定秘密保護法などを先ず閣議決定で決めたのと全く同じ手口です。敵基地攻撃能力を「反撃能力」と言い換えたのは、安倍政権で集団的自衛権を「積極的平和主義」と言い換え、武器輸出三原則を「防衛装備移転三原則」と変更したのと同じく、国民を欺く姑息なやり方ではないでしょうか。

 何よりも、重大な問題は三つあります。第一は、日本の戦後の安全保障政策の大転換は、バイデン政権が202210月に策定した国家安全保障戦略で同盟国にも軍事力強化を促し、米国の抑止に組み込む「統合抑止」に呼応したものであることです。いわば、米軍と自衛隊の一体化が決定的となり、場合によっては米軍の“下請け”にもなりかねない危うさを孕んでいます。第二は、日本と同盟関係にある国、例えば米軍が日本の領土/領海以外で攻撃されそうなときに日本も反撃に加わることです。日米安全保障条約では米軍は矛、自衛隊は盾の役割でしたが、今後は自衛隊が矛の役割も担うことになります。第三は、敵基地攻撃能力の矛先がどこに向いているかという点です。日米同盟上、明確に中国を“仮想敵”と見なしたことです。これは日中国交正常化以降、初めてのことであり、日中関係に深刻な影響を及ぼすことは避けられません。岸田政権は安全保障関連3文書で、バイデン政権に倣って中国を「我が国と国際社会の深刻な懸念事項で、これまでにない最大の戦略的挑戦」と位置づけました。しかも、敵基地攻撃は、憲法や国際法で禁じる先制攻撃と紙一重です。「反撃」の基準についても「手の内を明かせない」と曖昧ですが、状況により恣意的・偶発的になり、直ちに相手国の攻撃を受けてミサイルの撃ち合いになる危うさを秘めています。これが果たして安全保障上の「抑止」に繋がるのか甚だ疑問です。軍拡競争により“安全保障のジレンマ”に陥るのは避けられません。

 こうした背景には、ロシアによるウクライナ侵攻に伴い、中国が台湾へ武力侵攻するという“台湾有事”が米国発で喧伝されるようになったことがあります。自民党タカ派が呼応し、“台湾有事”は日増しにエスカレートしています。年明けの20131月、岸田首相とバイデン大統領の日米首脳会談の直前に合わせて、米国のシンクタンク戦略国際問題研究所が中国の台湾軍事侵攻のシュミレーションを発表しました。結果として武力統一を阻止することができるが、米軍、自衛隊とも数千人の死者と空母を含む航空機、艦船に甚大な被害が出るとのシナリオです。肝心の日本国民の死傷者は全く触れられていません。真っ先に攻撃の標的となるのは在日米軍基地と自衛隊基地であり、日本の本土です。これは最初の戦闘(第一会戦)であって、さらに本格的な「日本本土が戦場となる日中戦争の勃発」に発展しかねないシナリオです。

 最も重要なことは、こうした戦闘を起こさないための外交努力に全力を挙げることではないでしょうか。日米首脳会談もそれに先立つ日米外務・防衛担当閣僚による2プラス2(安全保障協議委員会)でも、威勢の良い敵基地攻撃能力の効果的運用を中心とする軍事面でのやり取りが突出し、肝心の中国との安全保障の話し合いを含む平和維持のための方策がほとんど片隅に追いやられてしまった感が否めません。閣議決定した国家安全保障戦略では「危機を未然に防ぎ、平和で安定した国際環境を能動的に創出し、自由で開かれた国際秩序を強化するための外交を中心とした取り組みの展開」と明記しながらです。

 中国は果たして敵でしょうか。中国は輸出入とも日本の最大の貿易相手国であり、中国進出企業は大小合わせて約3万社有り、切っても切れない関係にあることは明らかです。中国を敵視すれば、中国も日本を敵視することになり、安全保障以外の経済貿易などの分野にも甚大な影響を及ぼすことが予想されます。遡れば中国と日本は二千年に及ぶ交流往来の歴史があり、文化面でも共通の土壌を持つ、特別な関係の国です。米国と中国との関係とは本質的に異なる関係であり、米国に唯諾々と従うのではなく、広域経済連携も視野に入れた日本の自主的な総合的、多面的な外交が今こそ必要なときはありません。

 もちろん、日米両国とも軍事強国を公言してはばからない習近平政権に対応することは言うまでもありませんが、徒に台湾有事を煽るばかりでなく、中国の意図と政策を客観的に把握する事が必要です。習近平氏は昨年10月の第20回中国共産党大会でこのように述べています。「最大の誠意をもって、最大の努力を尽くすことを堅持し、平和的統一という未来を成し遂げる」と、平和的統一を強調した上で、「武力使用の放棄を決して確約するものではなく、一切の必要な措置を取る選択肢を保留する。」と、付け加えています。さらに、「これは外部勢力の干渉と極少数の『台湾独立』分子及びその分裂活動に対するものであり、台湾同胞に対するものでは決してない」と述べて、武力使用の限定的条件を明確にしています。“武力統一”とは表現しておらず、一貫して“武力行使”と明言しており、区別しておきたい。

 さらに、党大会直後に中国は国営通信新華社を通じて、「中国が今後5年間に発展に力を入れる分野」を公表し、優先順位毎に20項目を挙げていています。上位は新型工業化の推進や食料安全保障の確保などであり、祖国統一の大事業(台湾問題)の推進は何と18位というはるかに低い優先順位であることも捉えておく必要があります。

 2022年11月に岸田首相と習近平国家主席の首脳会談が実現し、対話と交流の再開で合意しました。会談で習主席が「中国は日中関係を重視し、今後も不変である」「新時代に合致した日中関係を構築するため日本と協力していく用意がある」と述べて、日中関係改善に積極的な姿勢を見せました。首脳会談の5項目の合意をいち早く発表したのも中国側です。その前月の10月に中国共産党第20回大会で三選を果たして体制を確立した習近平氏が先頭に立って日中関係の改善に乗り出したのは、好機と言えます。12月にオンラインで行われた第18回東京/北京フォーラムに私も東京会場で2日間参加しましたが、中国側の発言者は異口同音に日中首脳会談の習主席の言葉を忠実になぞって日本との協力連携にエールを送る発言をしていました。中国発の日中関係改善の好機が到来したのです。

 

 中国はこれまで「台湾は内政問題で有り、外国の干渉を受けない」と主張し、台湾問題で日本と戦争をするという意思は全く表明していません。日本は半世紀前の日中国交正常化共同声明で、中華人民共和国が唯一の正当政府であるとして、「一つの中国」を認め、「台湾は中国の不可分の領土の一部である」という中国の主張を尊重しています。これらの原則を逸脱してまで、日本は何のために台湾防衛に乗り出すのでしょうか。日中国交正常化共同声明に明記されているように、「すべての紛争を平和的手段により解決し、武力、または武力による威嚇に訴えない」という基本方針にお互いに立ち返るべきです。また、同じく日中国交正常化共同声明と日中平和友好条約に謳った「アジア・太平洋に於いて覇権を求めない」という反覇権事項を、日本政府は改めて中国政府に反覇権の念押しすることも必要です。日中両国とも国交正常化以降、堅持してきた「日中不再戦」の精神を揺るがしてはなりません。

 タレントのタモリさんが202212月暮れのテレビ朝日系番組「徹子の部屋」で「来年はどんな年になるでしょう」と聞かれて「新しい戦前になるんではないでしょうか」と表現しています。田中優子・法政大学前総長は2023115日付け中日新聞/東京新聞の大型コラム「視座」で「日本が戦時体制に入りつつある」「反戦の準備をしよう」と、訴えました。「新しい戦前」から戦争開始になるような事態は、絶対にストップさせなければなりません。

 日中戦争の歴史を辿ると、満州事変勃発二カ月前の19317月、東京帝国大学の学生に対する意識調査で、「満蒙に武力行使は正当なりや」との質問に対し、88%の東大生が「然り」と答えています。教養水準の高い東大生にして、中国への武力行使を是としていたことは驚きです。その後、満州事変を経て盧溝橋事件、さらに日中戦争が本格化していく過程で、日本の陸軍省などが横暴な中国(支那を懲らしめよ)と“暴支膺懲(ぼうしようちょう)というスローガンを拡げ、国民もそれを支持した背景があります。21世紀の今再び、強権的な中国をやっつけろというような“新・暴支膺懲”スローガンをはびこらせてはなりません。

私たち、日中関係学会は思想・イディオロギーにとらわれず、客観的、公平な立場から日中関係を研究し、中国との交流を図ってきましたが、日中関係が根底から損なわれるような事態を防ぐために、声を上げていくときではないでしょうか。 (東海日中関係学会 2022年度第2回公開研究会  会長講話)

 

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