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日中関係学会全国大会で開会挨拶

2025/05/24

「戦後 80 年の“不戦”を基に、日中不戦・東アジア和平へ取り組みを」

日中関係学会副会長・東海日中関係学会会長
川村範行・名古屋外国語大学名誉教授

 
名古屋で日中関係学会全国大会を開催するのは 2017 年以来、8 年ぶりである。本日の総 合テーマは「激動する世界と戦後 80 年の日中関係」である。戦後 80 年、戦争を知る世代は 減り、悲惨な戦争の記憶が薄れていく。日本は明治維新以来、日清戦争、日露戦争、さらに 日中戦争・アジア太平洋戦争と、対外戦争を三度も戦った。第二次世界大戦後の 80 年間、 日本は戦争をしなかった、平和を維持したことが極めて貴重である。
ドイツのワイツゼッカー大統領が戦後 40 年の 1985 年に「荒れ野の 40 年」と題して演説 し、「過去に目を閉じる者は現在に盲目となる」と述べて、「歴史を心に刻む」ことを訴えた。 常に戦争の歴史を「心に刻む」ことが、戦争を起こさないことにつながると信じたい。

 
1、なぜ、日本が戦後 80 年間、「不戦」を維持できたのか。
第一に、戦争放棄と戦力不保持、交戦権否認を定めた日本国憲法に依る。1950 年に勃発し た朝鮮戦争、1960 年代から 70 年代まで続いたベトナム戦争に日本が直接派兵をしなかった のは、平和憲法の“歯止め”があったからだ。
第二に、1972 年の日中国交正常化の共同声明で、「すべての紛争を、武力ではなく、平和 的手段で解決する」とする、“不戦の誓い”を明記した。1978 年に国会承認した日中平和友 好条約で「両国間の恒久的な平和友好関係」を法的に制度化したことが重要である。条約に は覇権を求めず、覇権に反対するという「反覇権条項」も盛り込まれた。国交正常化共同声 明と平和友好条約が日中間の不戦を支えてきた。
第三に、日中両国が経済貿易を通して相互協力を深めたことが、戦争への“抑止力”にな ったと見る。日中間の貿易総額は 1971 年に 9 億 1360 万ドルだったが、2023 年には 3007 億ドルになり、300 倍以上にも増加。日本は中国の改革開放政策を支持し、政府資金による対 中 ODA は 40 年間に総額 3 兆 6500 億円に上り、中国の発展に寄与したことが大きい。
 
2、最近、日中両国間で安全保障を巡るリスクが懸念されている。
中国は 21 世紀半ばに「強国」になる目標を掲げており、ここに「軍事強国」が含まれる。 中国の国防予算は 2010 年度から 10 年間で約 2.4 倍と増大の一途。「自衛のため」と説明す るが、周辺国からは懸念が出て、海洋進出を巡る摩擦も生じている。
一方、日本は 2014 年に「集団的自衛権の行使」を限定的に認め、自衛隊の海外での武力 行使を可能にした。2022 年に「東アジアを取り巻く安全保障環境の変化」を理由に「安全保 障政策の大転換」を図り、“敵基地攻撃能力”の保有を容認し、防衛予算の倍増を決めた。 平和憲法に基づく専守防衛政策や、防衛費は GDP 比 1%前後という線を覆した。平和憲法の 屋台骨が揺らいでいる。
米中対立の影響が加わり、日米同盟に沿って日本はますます対米追従に。南西諸島のミサ イル基地化を急ピッチで進めている。一方、中国は台湾独立を牽制するため、軍事演習をエ スカレート。また、島の領有権を巡る日中間の牽制は、偶発事を起こしかねない。
日中間で安全保障上の偶発的衝突や武力紛争などは絶対に防がねばならない。そのために、 日中間の首脳会談や関係閣僚会談、防衛当局者の交流により共通認識を持つとともに、防衛 ホットラインの活用など、危機管理メカニズムを有効に運用することが求められる。
 
3、日中両国が戦わない、或いは戦争に巻き込まれないようにするために、民間からも声を 上げる必要がある。
学者や研究者は中国の外交・安保担当者や研究者などと直接交流し、日中国交正常化共同 声明や日中平和友好条約などに基づき、武力ではなく、対話と外交による日中不戦、東アジ アの平和構築に向けて共通意識を広げる努力ができるはずだ。
東海日中関係学会は 2023 年、2024 年と 2 年連続で訪中団を派遣し、中国外交部アジア局 や中国社会科学院日本研究所ほか上海国際問題研究院、上海社会科学院、復旦大学日本研究 センターなどと対面交流を実現した。事前に提出した質問書を基に、突っ込んだ意見交換を し、外交や安全保障、経済協力の在り方などについてお互いに理解を深めることができた。 中国側も東アジアの不戦・平和を希求していることを知り得た。
論語には次のような言葉がある。「本立而道生」。根本がしっかりと定まれば、自ずと進む べき道が生じるという意味である。安全保障上の懸念があるからこそ、日中両国が日中国交 正常化、及び日中平和友好条約の原点に立ち返って、改めて「日中不戦」を確認する必要が あろう。日中平和友好条約の時効は 10 年で、次の締結 50 年目の 2028 年には原点の確認と ともに、両国の状況に応じて必要な条項を加筆修正できる重要な節目にもなる。
その際に、西ドイツとフランスが 1963 年に「戦後和解」を約束したエリゼ条約を手本と したい。毎年 2 回以上の首脳会談、3 回以上の外相会談などのほか、青少年交流プロジェク トの毎年実施などを条約にきちんと規定し、対立から和解・協力・平和への道を実現したの である。また、紛争予防を主目的とする欧州安全保障協力機構(OSCE)を参考に OSCE “東 アジア版”を、日中両国政府、或いは民間で研究することも有効になろう。
 
4、結び
今から約 2500 年前、中国の春秋戦国時代に思想家の墨子は「兼愛非攻」を提唱した。「兼 愛」は、分け隔て無く愛し、お互い助け合うという考えだ。現代に照らせば、全方位外交、 国際協調主義に当たる。また、墨子は大国の諸侯たちに、人の命を奪う侵略戦争をしないよ う訴えた。あくまで専守防衛(非攻)の立場で墨子は弱小国に弟子を配置し、仮に戦争とな れば、兵術や当時の最新兵器を駆使して、弱い国の守備戦に尽力した。墨子の思想は七カ国 が武力で相争っていた当時、非現実的だと批判されたが、21 世紀の今こそ見直されるべき 思想ではないか。「日中不戦」「東アジア不戦」は、時空を超えて墨子の思想を受け継ぎ、現 代に開花させる営みとも言える。

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