「日中冷戦をいかに回避するか」 ダイヤモンド・オンラインに論文掲載
<ダイヤモンド・オンラインに論文掲載>
拙稿『日中冷戦をいかに回避するか~「棚上げ論」を巡る相違を調整し歩み寄る道』が、ダイヤモンド社のダイヤモンド・オンライン「シリーズ・日本のアジェンダ どう中国と付き合うか」第7回に 、10月22日、掲載アップされた。(以下、アドレスと前文)
名古屋外国語大学特任教授
(日本日中関係学会副会長) 川村範行
去る9月14日に日中関係学会主催(中日関係史学会共催)の国際シンポジウム「現下の難局を乗り越えて~日中が信頼関係を取り戻すには~」が開催された。その中で日中二人の学者から、尖閣諸島(中国名・釣魚島)問題をいかに乗り越えて行くかに関する報告があった。この報告に基づき2回にわたって、尖閣諸島問題超克の道を提案する。第1回目は名古屋外国語大学・川村範行特任教授の論考を掲載する。同教授によれば、尖閣諸島の領有権問題を巡り日中両国間に「棚上げ合意」が存在したという外交文書上の裏付けは確認できないが、少なくとも「暗黙の了解」があった可能性が認められるという。同教授は、日中双方が「棚上げ」論から脱して、危機管理と共同開発の話し合いに進むよう主張している。(以下は論文要旨)
1、協調から対立へ
2012年9月の尖閣諸島国有化決定を契機に、日中両国は「国交正常化以来、最悪」の対立関係に陥った。影響は政治外交のほか経済貿易、文化全般、民間交流など幅広い分野に及ぶ。相手国に対する国民感情の悪化も深刻化し、日中関係の長期不安定化が憂慮される。
1972年の国交正常化以降40年余、日中関係は経済貿易を軸とする友好協調を基調に発展してきたが、尖閣領有権問題を機に対立関係へと構造的に変化した。日中関係の構造的変化は「1972年体制」の崩壊につながり、「日中冷戦」の始まりと捉えることができる。「日中冷戦」を回避するため、日中関係の関係打開は急務である。
2、尖閣実効支配の構造的変化
国有化以前は日本の実効支配が優勢だったが、国有化決定1年目の2013年9月11日付け人民日報(海外版)は一面で「巡航常態化を実現したのは“歴史的な突破”である」と、日本の実効支配を突き崩した成果を強調した。
中国は尖閣領有権を巡り国交正常化当時から両国首脳間に「係争棚上げ・共同開発(擱置争議・共同開発)の合意」があったと主張。日本政府は外交文書上に「棚上げ合意」がないとし、「尖閣諸島は日本固有の領土であり、日中間に領土問題は存在しない」と主張している。日本政府の一方的な国有化決定により、中国は棚上げ合意が放棄されたと受け止め、方針を大きく変えたのである。
3.「棚上げ」合意の有無
1972年9月27日に北京で行われた田中角栄首相・周恩来総理の3回目首脳会談が核心部分である。外務省の記録「田中角栄首相・周恩来総理会談」によると、「田中首相が唐突に尖閣諸島について切り出し」、周総理が「尖閣諸島問題については、今、これを話すのはよくない」と応じたという。領有権で「棚上げ合意」した明確な形跡はみられない。
しかし、当時の外務省中国課長の橋本恕氏が2000年4月に明らかにした証言によると、周総理が「(尖閣問題には)触れないでおく」と言い、田中首相が「別の機会に」と応じたという。また、中国外交部の顧問として、国交正常化交渉の首脳会談に全て参加した張香山の手記によれば、両首脳がそれぞれ「(尖閣諸島問題を取り上げることは)今後のことにしましょう」と一致して述べている。お互いが領有権を主張せず、曖昧なまま問題の先送りという点で一致している。中国側は「棚上げ」合意の根拠としているが、外交文書の裏付けが確認されない。だが、少なくとも「暗黙の了解」(黙契)はあったと認められる。両国の外交記録を精密に検証し、突き合わせる必要がある。
4.関係打開への道
日中両国政府が「棚上げ合意」を認めるか否かの入り口で立ち往生しているわけにはいかない。「棚上げ」問題を乗り越えて、次の段階へ進まなければならない。それには二段階が考えられる。
(1)危機管理メカニズムの確立;習近平氏は内部会議で周辺国への対応に関し「相手が退くまで、ぎりぎりまで押して行く(中国語「近底線操作」)という方針を打ち出したという。中国は今後、島周辺で日本の民間船を摘発するケース、さらに島の環境調査や海岸整備など陸からの実効支配が予想される。日本の海保とのトラブルの危険性から日中両国の軍事衝突へと発展すれば、戦後の東アジアの歴史で最も危機的な情勢を迎える。危機管理のためのメカニズムの早期確立が必要だ。2010年の中国漁船衝突事件を教訓に、2012年5月に浙江省で開催された「日中高級事務レベル海洋協議」を早急に再開すべきだ。日中防衛当局者間のホットライン設置など、島周辺のトラブル防止など、急を要する。
(2)「係争棚上げ 共同開発」への手がかり;習近平総書記が2013年7月30日、共産党中央政治局の「海洋強国建設推進」集団学習会で初めて提唱した「主権属我、擱置争議、共同開発」(主権は我が国に属し、係争を棚上げし、共同開発)の12字方針が、第二段階への手がかりとなる。鄧小平路線「擱置争議 共同開発」を継承しながら、主権優先を強調している。王泰平・中日関係史学会副会長が2013年9月14日の国際シンポジウム(日中両学会共催)で、「これ(12字方針)は中国の指導者の領土と海洋紛争に対する最新の態度表明で、中国の政策と方針が全面的かつ正確に伝えられている。領有権問題にも適用される」と述べた。日中平和友好条約締結直後には、園田直外相が尖閣の共同開発について外務省に検討を指示した経緯がある。日本側は12字方針を重視し、「争議棚上げ、共同開発」の方向で話し合うことが可能であろう。
(3)尖閣問題の処理方法;日中両国が領有権の主張をし、「棚上げ合意」の有無をそれぞれ主張することを認めたうえで、島の現状を変更しないと認め、漁業や資源開発について協議を進める。「棚上げ論」の棚上げだ。1992年に海峡両岸関係協会(中国)と海峡交流基金会(台湾)による中台合意の表現「一個中国、各自表述」(一つの中国、それぞれの表現)に倣い、「一個島嶼、各自表述」(一つの島嶼、それぞれ表現)という発想を尖閣に適応できよう。
問題は現状不変更の「現状」を、どの時点とするか。尖閣国有化以前の状態なら、日本の実効支配を黙認するところへ戻る。国有化以降の状態なら、中国の公船巡航常態化を認めることになる。両国政府が「争議棚上げ、共同開発」を前提に、現状不変更の時期を曖昧にしたまま、海上、航空の巡航などの実務取り決めをしていく。両国首脳は、領有権問題には触れず、「小異を残し大同に着く」精神で国交正常化を実現した先人の姿勢に見習うべきである。
(4)東アジアの国際関係;オバマ政権は日中対立の深刻化を望まない。オバマ大統領は6月の習近平国家主席との首脳会談、安倍首相との電話会談で、「尖閣問題の話し合いによる解決」を要求した。日中両国は米国の要求を受け入れて、関係打開に向けて動き出している。「棚上げによって得られる日中の『不安定な平和』」(コーネル大学のアレン・カールソン准教授)が選択の道となろうか。一方、将来的には東アジアの関係国が領有権問題で中国を孤立させない安全保障枠組みづくりが求められよう。
5、結びと課題
尖閣国有化決定に至るまでの日中双方の外交折衝過程において、「棚上げ合意」を巡る主張の食い違いや「国有化」に対する認識の相違など、いくつかの相互不理解と相互誤解が重なって、未曽有の日中対立という事態にまでエスカレートしてしまった。日中対立を一刻も早く終わらせ、関係修復を果たすべきである。