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時論「習近平が打ち出した『四つの全面』国家統治戦略」

2015/03/03

「習近平が打ち出した『四つの全面』国家統治戦略―2015年体制の論考」

名古屋外国語大学特任教授・日中関係学会副会長
川村 範行 (中日新聞・東京新聞元論説委員)

一、「四つの全面」国家統治戦略

   2015年2月2日、中央党校での省部級主要領導幹部学習貫徹十八大四中全会精神「全面推進依法治国」専題研討班(集団学習会)において、習近平は初めて正式に「四个全面」(四つの全面)の戦略布石について説明し、国家統治体系と統治能力現代化の最新論述を行った。
   即ち「全面建成小康社会」(小康社会の全面的実現)が“戦略目標”であり、「全面深化改革」(全面的な改革深化)と「全面推進依法治国」(全面的な法治推進)「全面从(従)厳治党」(全面的な厳しい党治=腐敗摘発=)は三大“戦略挙措”(実行)であるーと指摘している。(2015年2月3日付け、2月6日付け 人民日報海外版一面トップ記事)。

   この時の習近平講話内容は注目される。2012年秋に習近平が総書記に就任して以来、矢継ぎ早に打ち出してきた新たな政策や組織・機構改革がここでようやく、習近平政権の国家統治戦略の論理体系として集大成されたのである。
   つまり、2013年の中国共産党第18期三中全会で採択された「改革深化の全面的推進」(全面推進深化改革)、さらに2014年10月の同四中全会で採択された「法による国家統治の全面的推進」(全面推進依法治国)が、習近平政権の進める国家統治戦略「四つの全面」の柱の一つとして位置づけられることが初めて判明したのである。

   2015年1月15日付け人民日報海外版によれば、習近平の「四つの全面」戦略布石は2014年末、江蘇省調研(視察)の際に初めて提出したものである。同紙は「国政トップダウンの設計図で、中国復興の偉大な戦略路線である」と持ち上げている。
   2020年の実現を目標とする「全面建成小康社会」は、具体的には「中国特色中産社会」であり、「理性」を特徴とする中産階層を主流とする「中産之国」を目指すと、同紙は「小康社会」を「中産社会」として、同紙は具体的に解説する。
   「習近平率いる中国は空前の改革時代を迎える。・・・中国共産党の成功、中国の道程の成功の最大の鍵は、改革の常態を保持することである」と、同紙は上記の改革全体が“新常態”であるとの捉え方を示している。
   即ち、鄧小平の後継指名を受けた江沢民、胡錦濤両政権が集団指導体制を取ったのに対し、後継指名の無かった習近平政権は過去2年間に権力集中体制を一気に固めて、今後は「四つの全面」戦略のもとに“常在改革”を推し進めていく方針を明確にしたのである。

二、「四つの近代化」と「四つの全面」

   習近平が提唱した「四つの全面」の国家統治戦略は、周恩来が1975年の第四回全人代の政治報告の中で提起した「四つの近代化」の国家目標を彷彿させる。1980年までに工業体系と国民経済体系を整備し、1980年から20世紀終了までに農業、工業、国防、科学技術の近代化を実現し、中国の国民経済を世界の最前列に引き上げ、中国を社会主義強国に仕上げるという二段階構想であった。毛沢東主導による文化大革命からの脱却を図るための大きな政策転換であった。
   第四回全人代で筆頭副総理として復活した鄧小平が重病の周恩来に代わって指導体制を確立し、四つの近代化に向けて全国規模の「整頓」(立て直し)を強力に推進していく。この「75年体制」は、1978年からの改革開放へ、そして中国の経済発展、大国化へとつながっていく。
   翻って習近平の「四つの全面」という国家統治戦略は、これまでの改革開放に伴う社会、政治、経済、文化、生態文明の問題(矛盾)解決を図るための政策転換であり、75年体制から「2015年体制」への転換と捉えることができる。四つの全面のうち腐敗摘発を単なる権力闘争と見るのは一面的である。習近平が目指すのは21世紀の中国共産党の永続のための新たな「整頓」(立て直し)でもある。周恩来の提起から40年を経て、習近平主導による中華人民共和国の新しい歩みが始まったと捉えることができよう。

   中国共産党創立100周年の2021年までに小康社会を全面的に完成させ、新中国成立100周年の2049年までに富強・民主・文明の近代的社会主義国家を完成させるという道程が既に示されている。20世紀の中華人民共和国が「四つの近代化」を国家目標に経済発展を遂げたが、21世紀の中華人民共和国は「四つの全面」を国家統治戦略として名実ともに中華民族の偉大な復興へと邁進する。ここに「四つの全面」を位置づけることができよう。
   つまり、習近平の「四つの全面戦略」は、ポスト周恩来「四つの近代化方針」として、江沢民の「三つの代表理論」や胡錦濤の「科学的発展観」を超える高いレベルに位置づけられ、2049年までの中国共産党の指導方針となっていくとみられる。

(2015年2月14日、愛知大学で開催された国際シンポジウム「四中全会の法治決定と日中関係への諸相」における発表論文「習近平指導部の党治と憲政の矛盾性―『四つの全面』の課題」から抜粋。「習近平指導部の党治と憲政の矛盾性」につては別稿に譲る。)

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